Netflixドラマ「アドレセンス」の第1話を再生した瞬間、多くの視聴者が気づく——この映像、どこかおかしい。カメラが一度も切れないのだ。このドラマでワンカット手法を極めた監督が、フィリップ・バランティーニである。「アドレセンス」を生んだワンカット映像の革命児は、なぜカットを拒むのか。
「ボイリング・ポイント」——92分ワンカットという狂気の挑戦
バランティーニの名が世界に轟いたのは、2021年公開の映画「ボイリング・ポイント」からだ。年末の繁盛レストランを舞台に、シェフが危機の夜を乗り越えようとする92分を、カメラは一度も切れることなく追い続ける。編集点ゼロ、全編ワンカット。この撮影が俳優たちに課した要求は苛烈だった。セリフのミスもアドリブも、すべてが本番になる。リハーサルは約3週間。本番撮影のテイクは少数に絞られ、最終的に採用されたのはその中の一つだ。主演のスティーヴン・グレアムをはじめとするキャストは、92分の映画全体を、一度の演劇公演として演じ切ることを求められた。バランティーニが選んだのは、映画が伝統的に使ってきた編集のごまかしを全て捨てる方法だった。
カットは壁——「感情の連続性」という哲学
多くの人がワンカット映像を技術的チャレンジと語る。しかしバランティーニが繰り返し強調するのは、技術ではなく「感情の連続性」だ。通常の映画では、カットが変わるたびに観客は無意識にこれはフィクションだと認識する。だがワンカットはその認識リセットを許さない。視点が変わらず、時間が途切れない。結果として観客は、登場人物の感情の流れにそのまま引き込まれる。カットは便利な道具ではなく、観客と物語の間に立ちはだかる壁——バランティーニはそう考える。音楽で言えば、スタジオで多重録音した完璧なトラックと、ライブ一発録りの差に近い。どちらも優れた音楽だが、後者には場の緊張感と体温がある。
スティーヴン・グレアムとの深い共鳴
バランティーニとスティーヴン・グレアムの関係は、「ボイリング・ポイント」以前に遡る。グレアムは英国映画界の実力派だが、バランティーニとの仕事で全く新しい側面を見せた。「アドレセンス」では二人はさらに深く組んだ。グレアムが脚本と制作に参加したこの作品は、13歳の少年の犯罪を通じて家族の崩壊と社会の断絶を描く。各エピソードがそれぞれ独立したワンカットで構成され、舞台演劇のような密度と緊張感を持つ。ワンカット撮影が俳優に求めるのは、完璧なセリフではなく、完璧にその場に存在することだ。
Netflixという賭け——「アドレセンス」が世界を震わせた理由
Netflixが「アドレセンス」でバランティーニの手法を採用したことは、ひとつの賭けだった。視聴者が気軽に再生を止められるストリーミングプラットフォームで、60分超のワンカットエピソードを配信する——それは見続けさせる力への絶対的な自信がなければできない選択だ。その賭けは当たった。2025年の配信直後から世界中で話題を集め、SNSには息ができなかった、第1話を何度も見た、という感想が相次いだ。技術的なすごさより前に、感情的な体験として語られたことこそが、バランティーニが狙っていたものだろう。「ボイリング・ポイント」から「アドレセンス」へ——ワンカット映像の革命は、まだ途上にある。アドレセンスを未見なら、まず第1話の60分を確保してほしい。その体験は、映画の見方を変えるかもしれない。


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