For Goodが流れた瞬間、隣の席から嗚咽が聞こえた。映画館全体がその旋律に包まれ、エンドロールが終わっても席を立てない観客が続出した——これが2025年公開の映画「ウィキッド 永遠の約束」が引き起こした現象だ。前作「ウィキッド ふたりの魔女」が日本で35億円超えのヒットを記録した後、待ちに待った完結編として届けられた本作は、ミュージカル映画の新たな基準を打ち立てた。なぜこれほど多くの人の心を揺さぶるのか。作品の構造と体験の深さを丁寧に解きほぐしていく。
35億円超のヒット前作から何が進化したか
前作「ウィキッド ふたりの魔女」は2024年公開。日本での興行収入は35億円を超え、ミュージカル映画として近年稀に見る動員を記録した。「ウィキッド」というタイトルの知名度が日本ではそれほど高くなかったにもかかわらず、この数字はシンシア・エリヴォとアリアナ・グランデという主演2人の磁力と、ジョン・M・チュウ監督の演出力が初見の観客をつかんだ結果だ。完結編となる本作は、その前作で積み上げた感情の蓄積をすべてFor Goodの1曲にぶつける構成になっており、前作を観た観客なら開演前から涙腺が危うい状態で席に座ることになる。前作公開後のSNSには「続きが待ちきれない」「早くFor Goodが聴きたい」という投稿が絶えなかった。1年以上かけて高まり続けた期待に、完結編は十分すぎるほどの答えを返した。
「悪の魔女」の本当の物語——原作が持つ社会的な深さ
「ウィキッド」の原作はグレゴリー・マグワイアが1995年に発表した小説だ。オズの魔法使いに登場する「西の悪い魔女」の視点から物語を再構築し、「悪」と呼ばれることの不条理を問う作品として出版当時から高い評価を受けた。2003年にブロードウェイで初演されたミュージカル版は現在も世界中で上演中の超ロングランを誇り、累計観客動員数は1億人を超えるとみられている。エルファバが見た目の違いと信念のために社会から排除され、グリンダは「人気者でいることの孤独」と向き合う——2人のドラマは2026年を生きる私たちにとってファンタジーである前にリアルな物語だ。SNSで叩かれる「正論を言う人」、多数派に合わせることへの疲れ——そうした現代的な感情とエルファバの苦しみは直結している。海外の批評サイトRotten Tomatoesでの批評家スコアは前作を上回る高評価を得ており、「感動的な完結編」という評価が世界的に定着している。
アリアナ・グランデが黙らせた「ポップスター映画出演」論
グリンダ役の発表当初、「ポップスターの映画出演」という目線で語る声は確かにあった。しかし本作を観れば、その先入観は開始30分で完全に消え去る。アリアナが演じるグリンダは「見た目は完璧で心は空虚な人気者」という表面的な像を脱ぎ捨て、自分の選択と向き合う複雑な内面を持つ人物として成立している。歌唱力は言うまでもないが、それ以上に驚かされるのは表情の演技だ。クライマックスの「For Good」でシンシア・エリヴォと向き合うシーン——そこにはポップスターではなく、一人の俳優の姿がある。グラミー賞を複数受賞した歌手がスクリーン上で別の職業の一流になる瞬間を目撃できる。本作でのパフォーマンスを受けてアリアナへの評価が「歌手」から「アーティスト」へと一段階昇格したという声がエンタメ業界内からも上がっている。
シンシア・エリヴォの歌声がなぜ心臓を掴むのか
エルファバを演じたシンシア・エリヴォはESPY(演劇・映画・テレビの主要賞を制覇した俳優のこと)達成に最も近い俳優の一人だ。トニー賞、グラミー賞、エミー賞をすでに受賞しており、今作のアカデミー賞主演女優賞ノミネートも話題になった。彼女の声の特徴は音域の広さではなく、感情の乗せ方にある。Defying Gravityで空に舞い上がる瞬間の声と、For Goodで親友と向き合う声は、同じ喉から出ているとは思えないほど質感が異なる。映画館の音響設備でこそ、その違いが全身に届く。エリヴォは本作の撮影に向けて数ヶ月にわたる声楽トレーニングを積んだとされており、その準備の深さがスクリーンのすべてのシーンに反映されている。
ジョン・M・チュウが作り上げた映像体験——舞台の限界を超えた
「クレイジー・リッチ!」「インザ・ハイツ」でミュージカル映画の可能性を広げてきたジョン・M・チュウ監督にとって、このウィキッド2部作は集大成だ。舞台版では不可能だったスケールの映像がCGと実写の融合で息をのむ完成度で描かれる。エメラルドシティの細部まで作り込まれたセットデザイン、オズの世界の色彩設計——すべてが大スクリーンで観ることを前提に構築されている。2時間40分という上映時間を長く感じさせない編集のリズムも特筆すべき点で、「長い映画が苦手」という人でも引き込まれたという声が多い。舞台版のウィキッドを観たことがある人なら、同じ楽曲が映画でどれほど違う体験になるかに驚くはずだ。舞台の制約を取り払った映像表現が、ブロードウェイファンにとっても新鮮な発見を提供する。
For Goodを劇場で聴くべき理由——音響にこだわった鑑賞ガイド
東宝東和配給の本作は全国劇場で公開中だ。鑑賞するならDolby AtmosまたはIMAX対応の音響設備が整った館を強くすすめる。For Goodはシンシア・エリヴォとアリアナ・グランデの2つの声が絡み合う構造を持つ楽曲で、立体音響環境でこそその設計が完全に機能する。劇場で聴いた後にストリーミングで聴くと「何かが足りない」と感じるほど、映画館での体験は別格だ。前作を配信で観ていない方は、可能な限り事前視聴を推奨する。2本分の感情の蓄積がFor Goodの破壊力を何倍にも高める。完結編から入っても物語は理解できるが、前作からの流れで観る体験は比べ物にならない。「泣く映画を観に行く覚悟で来たのに想定の3倍泣いた」という感想が多数投稿されているのは、この2部作の感情設計の完成度の高さを物語っている。For Goodが流れ始めた瞬間、劇場全体が静かになる——その空気は映画館でしか味わえない。


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