映画館のスクリーンに映し出されたその瞬間、多くの観客が小さく息を飲んだはずだ。あのアリアナ・グランデが、ウィキッドのグリンダとして、フリルだらけのドレスの中から声をまっすぐ客席へ届けてきた。
ポップスターが踏み込んだ、別の宇宙
2024年11月22日に北米で公開された映画ウィキッド(監督:ジョン・M・チュウ)は、1939年の映画オズの魔法使いをベースに生まれたブロードウェイミュージカルの映画化だ。2003年初演から20年以上世界中で愛されてきた作品で、日本でも宝塚歌劇団が上演するなど熱狂的なファン層を持つ。グリンダ役に起用されたのが、ポップスターのアリアナ・グランデ。発表当時、ファンの間ではさすがに声は合うという期待と、あの世界観に馴染めるのかという懐疑が入り混じった。実際のところ、アリアナはブロードウェイに縁がなかったわけではない。10代の頃にミュージカル『13』(2008年)でキャリアをスタートさせており、音楽的なルーツはそちら側にある。
「For Good」が証明したこと
映画のクライマックス近く、エルファバ役のシンシア・エリヴォとともに歌う「For Good」。この場面が批評家の評価を大きく動かした。シンシア・エリヴォは映画『ハリエット』(2019年)でアカデミー賞主演女優賞にノミネートされた実力派。批評サイトRotten Tomatoesでは批評家スコア88%を記録。アリアナは第97回アカデミー賞(2025年)において助演女優賞に初ノミネートされた。受賞こそ逃したものの、ポップスターがミュージカル映画の演技部門でアカデミー賞候補になるという事実は、軽視できない評価基準を超えたことを意味する。
同時進行していた、もうひとつのアリアナ
映画の撮影と並行して、アリアナは2024年にアルバム『エターナル・サンシャイン』をリリースした。前作から6年ぶりとなるこのアルバムは全米アルバムチャート初登場1位を記録し、批評家からも高評価を受けた。通常ならどちらか一方でも十分な仕事量を、同時期にこなしていたことになる。
「完成されたスター」の先にあるもの
グリンダは、コメディリリーフでありながら物語が進むにつれ深みを獲得していく役だ。表面上の明るさと内側の孤独を同時に演じなければならない。アリアナがこの役に選ばれた理由を、監督のジョン・M・チュウは「彼女の声だけでなく、表情の中に脆さがある」と語っている。アリアナ・グランデは女優に転身したのではなく、歌手として積み上げてきたものが、スクリーンの上で別の形で花開いただけなのかもしれない。続編『ウィキッド:フォー・グッド(Wicked: For Good)』は2025年11月21日公開予定。次のグリンダを見るのが、今から楽しみだ。


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