BTSのリーダーRMが、K-POPという文脈を静かに超えていく。Pitchfork、The Atlantic——本来ならインディーロックや実験音楽を評価する媒体が、Kim Namjoon=RMのソロ作品を「詩人の仕事だ」と称えた。なぜ彼だけが、その壁を越えられたのか。
グループのスターが、なぜ批評家に届いたのか
K-POPとは本来、チームの物語だ。振り付け、コンセプト、ビジュアル——すべてが精緻にデザインされ、グループとしての完成度が問われるジャンルである。そのトップランナーであるBTSのリーダーが2022年12月、ひとつの決断をした。グループ活動を休止し、自分の言葉で自分の音楽を作ること。それが1stソロアルバム『Indigo』の誕生だ。
制作には、Erykah Badu、Mahalia、Anderson .Paak、Moses Sumneyといったアメリカのソウル・R&B・ヒップホップシーンの重要人物たちが参加した。共同制作者のリストだけを見れば、K-POPアーティストの作品だとは誰も気づかないかもしれない。RMはあえてそのフィールドを選んだ。「K-POPのRMではなく、Kim Namjoonとして作りたかった」という姿勢が、制作陣の人選から透けて見える。
PitchforkとThe Atlanticが書いた言葉
Pitchforkは『Indigo』に対して、単なるK-POP新作ではなく「ひとりの詩人が書いたアルバム」として評価した。特筆されたのは、韓国語と英語を横断する歌詞の密度と、内省的なテーマを音楽的に消化する技術だった。
The Atlanticもまた、彼の作品を「アーティストとしての成熟」として捉えた記事を掲載している。アメリカの主流批評メディアがK-POPアーティストを「音楽的な深度」で評価することは、2022年時点では異例だった。BTS現象はそれまで「ビルボードを席捲した」という数字の文脈で語られがちだったが、RMのソロはその語り口を変えた。
この評価は偶然ではない。RMはBTS活動中から、歌詞制作に深く関与してきた。BTSのコンセプト——「Wings」「HYYH」「Map of the Soul」シリーズに流れる哲学的なテーマは、彼が軸となって言語化したものだ。そこに積み上げてきた「書く力」が、ソロ作品でも機能した。
2ndアルバム『Right Place Wrong Person』——より深く、より個人的に
2024年5月、RMは2枚目のソロアルバム『Right Place Wrong Person』を発表した。タイトルが示す通り、「正しい場所にいるのに、自分だけが間違っているような感覚」——軍入隊を経てより深く内面に向き合ったRMの精神が刻まれた作品だ。
収録曲「Come back to me」「Nuts」「Domodachi」など、ジャンルを横断した楽曲が並ぶ。アルバム全体を通して一貫したトーンがあり、各曲が独立した詩として機能する構成は、1stアルバムよりもさらに洗練されていた。発売初週には複数国のiTunesアルバムチャートで1位を獲得し、日本の音楽メディアでも高い評価を受けた。
1stアルバムが「K-POPの外側に出る宣言」だとすれば、2ndアルバムは「その外側での生き方を探る記録」だ。内省が深まった分、聴き手を選ぶ作品でもあるが、それが批評家にとってはより誠実さの証拠として映った。
BTSのリーダーとして、Kim Namjoonとして
RMが特異なのは、BTSの「顔」としての責務を果たしながら、個人アーティストとして成長し続けている点だ。グループ活動では全員の発言を英語に翻訳し、2018年の国連演説では「自分自身の声で語れ(Speak yourself)」とメッセージを世界に届けた。その圧力の重さは、彼自身が作る音楽の中で繰り返し言語化されてきた。
また、彼の芸術への関心は音楽に留まらない。国立現代美術館(MMCA)での観覧をSNSで発信し、キュレーターや評論家と対話する姿は、アーミー(BTSファン)の間でも知られた顔だ。韓国の若手現代美術家との交流や、絵画収集の話題がたびたび上がる。音楽と美術を横断するこのアンテナが、『Indigo』や『Right Place Wrong Person』の作品世界を豊かにしていることは間違いない。
RM自身は「もっとアーティストとして普通に歩きたい」という旨の発言をインタビューで残している。スターとしての自分と、創作者としての自分。その両方を生きようとする姿勢が、彼の作品に静かな緊張感を与えている。
足首骨折でも、ステージを降りなかった理由
2024年のソロ活動中、RMは足首を骨折した。それでも複数の公演でパフォーマンスを続けた。もちろん医師の指示のもとで判断したことではあるが、「自分の言葉を直接届ける責任」を彼は手放さなかった。
この姿勢は、批評家がRMに感じる「誠実さ」と地続きだ。パフォーマンスとして完璧なスターであることより、本当のことを言おうとしているアーティストであること——その優先順位が、Pitchforkの編集者にも届いたのだと思う。
音楽を「完成品」として届けるのではなく、「進行形の思索」として提示するRMの姿勢は、批評という行為そのものと共鳴する。批評家は完成された作品より、成長の軌跡に惹かれる。RMが与え続けているのは、まさにその軌跡だ。
「RM」というアーティスト名が意味するもの
「RM」はRap Monsterの略称として知られているが、デビュー後に彼自身が「もうその名前の意味だけに縛られたくない」として、単にRMという表記に改めた経緯がある。Real Meという解釈も広まっているが、RMは「特定の意味を押し付けたくない」とインタビューで語っている。この姿勢そのものが、彼のアーティスト論の核心だ。
名前の意味すら固定しない。ジャンルにも括られない。グループという文脈にも収まりきらない。そうした「定義されることへの抵抗」が、批評家にとって最も魅力的な点なのかもしれない。批評とは定義の作業だが、定義を拒む対象に批評家は逆に惹き込まれる。RMの作品に対してPitchforkが言葉を費やすのは、彼が簡単に分類できないからでもある。
まとめ:K-POPの外側で生きるRMの現在地
- 1stソロアルバム『Indigo』(2022年12月)はPitchfork・The Atlanticなど主流批評メディアに「詩人の仕事」として高評価された
- 制作陣にErykah Badu、Anderson .Paakら参加。K-POPではなくR&B・ヒップホップのフィールドで勝負した
- 2ndアルバム『Right Place Wrong Person』(2024年5月)はより内省的で、発売初週に複数国iTunesで1位獲得
- BTSリーダーとしての役割と、Kim Namjoonとしての個人を両立させようとする誠実さが批評家の心を動かしている
- 美術・詩への関心が音楽作品の深みに直結している
- 足首骨折でも発信を続けた姿勢が示す通り、「言葉を届ける責任」を彼は降りない
BTSのRMは今、K-POPという枠組みの外側に自分の居場所を作りつつある。それはBTSを否定することではなく、Kim Namjoonというひとりの人間が、アーティストとして生きようとしている証だ。彼の次の一手が、また批評家たちの視線を引き寄せるだろう。


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