2023年、世界中の映画館が桃色に染まった。マーゴット・ロビー演じるバービーの隣で、眩しい金髪と引き締まった腹筋を披露しながら「I’m just Ken」と歌い上げた男——ライアン・ゴズリング。彼の演じたケンというキャラクターは、映画史に残るコメディパフォーマンスとして語り継がれるほどの衝撃を残した。全世界興収14億4,000万ドル以上、単体作品としてワーナー・ブラザーズ史上最大のヒット作となった『バービー』の陰の功労者として、アカデミー賞助演男優賞にもノミネートされた。
しかし今、その男は全く別の顔を見せようとしている。
アンディ・ウィアーのSF小説「プロジェクト・ヘイル・メアリー」——科学的リアリズムで描かれた宇宙サバイバルの傑作。主人公ライランド・グレースは地球の命運を一人で背負う天才科学者だ。記憶を失った状態で宇宙船に目覚めるという衝撃の出だし、そして異星生命体との交流。人類の滅亡を防ぐために孤独な戦いを繰り広げる男。そのグレースを演じるのが、ゴズリングなのである。
「バービー」でコメディを極めた直後に、ハードSFの孤独な天才科学者へ。この振れ幅に、多くの映画ファンが「なぜ?」と首をかしげた。だがその「なぜ」こそが、ライアン・ゴズリングという俳優の本質を解く鍵になっている。
ケンという役が、実は究極の演技挑戦だった
『バービー』公開当時、批評家たちが最も驚いたのはゴズリングのコメディ演技だった。ケンという役は演じることが非常に難しい。笑いを取りながらも憐れみを誘い、道化でありながら哀愁を漂わせ、しかしどこか愛さずにいられない——そんな絶妙なバランスが求められる。一歩間違えば単なる「うるさいキャラ」になる危険性が常にある。
ゴズリングはそのバランスを完璧にこなした。劇中で彼が歌う「I’m Just Ken」のシーンは、見る者の笑いと涙を同時に引き出す。コメディは「笑わせよう」とした瞬間に死ぬ。ゴズリングがケンを演じながら真剣に「ケンとして生きた」からこそ、観客は笑いながら胸を締め付けられたのだ。
プロジェクト・ヘイル・メアリーとは何か
2021年に出版されたアンディ・ウィアーのSF小説「プロジェクト・ヘイル・メアリー」は、「火星の人」の著者による次作だ。謎の微生物「アストロファージ」が太陽を覆い始め、このまま放置すれば太陽光が減衰し地球は氷河期を迎える。最後の賭けとして、人類は一隻の宇宙船を銀河の彼方へ送り込む。その船に乗るのは科学者ライランド・グレース一人——帰り道を持たない片道切符の旅人だ。
この役をゴズリングが演じる。孤独な宇宙で、記憶のない状態から始まり、異星知性と出会い、最終的に地球か友情かの選択を迫られる——「ケン」とは真逆の、骨太で内省的な演技が求められる役だ。
なぜゴズリングはどちらでも「信じられる」のか
ゴズリングのキャリアを振り返ると、一つのパターンが見えてくる。2011年の『ドライヴ』では、セリフが極端に少ない無口な犯罪者を演じ、その沈黙の演技で世界を圧倒した。2016年の『ラ・ラ・ランド』では夢破れかけたジャズミュージシャンを演じ、アカデミー賞主演男優賞にノミネート。2017年の『ブレードランナー2049』では感情を抑えた複製人間を演じ、3時間近い作品に静けさをもたらした。
これらに共通するのは「内側への集中」だ。ゴズリングが画面に映ると、観客は「ライアン・ゴズリングが演じている」ではなく「あの人物がいる」と感じる。これはハリウッドスターとしては珍しい資質で、実は非常に高度な技術を要する。
振り幅の背後にある選択の哲学
ゴズリングは過去のインタビューで繰り返し語っている。「面白い役かどうか、それだけが判断基準だ」と。彼が「ケン」を受けたのはグレタ・ガーウィグ監督への信頼とコメディとしての挑戦性。プロジェクト・ヘイル・メアリーの映画化予定作品の主役を受けたのも同じ理由だろう——「記憶を失った科学者が宇宙で覚醒していく」物語は、役者として未踏の地を切り開くチャンスだ。
まとめ
映画史に残るコメディスターが、次に宇宙の孤独に挑む。ライアン・ゴズリングというスクリーンの怪物は、まだその全貌を見せていない。プロジェクト・ヘイル・メアリーの映画化予定作品の公開前に、まだの人は原作小説をぜひ手に取ってほしい。


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