映画『ウィキッド 永遠の約束』がZ世代に刺さる理由——アリアナ・グランデが体現する“完璧”と“孤独”

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アリアナ・グランデが笑う。完璧に、眩しく、隙なく。なのにその目の奥で、何かが揺れている——3月6日に日本公開された映画『ウィキッド 永遠の約束』を観て、そう感じた人は少なくないはずだ。

3月下旬時点で興収10億円を突破。この数字は単なる人気の証明ではなく、この映画には現代人が共鳴する何かがあるという証拠だと思っている。

完璧な自分を演じることの、あの重さ

グリンダ(アリアナ・グランデ)はオズの国で最もポピュラーな女の子だ。金髪、完璧な笑顔、誰もが羨むステータス。でも映画を観ていると、その完璧さがいかに重い鎧であるかが伝わってくる。

アリアナ・グランデ本人の歩みを知るファンなら、このキャラクターに奇妙な既視感を覚えるだろう。10代から世界のトップアーティストとして生き、常に輝き続けることを求められてきた彼女が、完璧であることを強いられる女性を演じる。フィクションと現実が交差するこの感覚こそ、本作の隠れた深みだ。

シンシア・エリヴォとの「差異」が泣かせる

エルファバを演じるシンシア・エリヴォの存在も欠かせない。緑色の肌を持つ魔女として生まれ、周囲から疎外されながらも信念を曲げない彼女は、一見グリンダの正反対に見える。しかし物語が進むにつれ、二人は互いの孤独という共通点によって深く結びついていく。完璧を演じ続けることと、完璧になれないと知りながら生きること——どちらも、ひとつの痛みの裏と表だ。クライマックスの「For Good」は、舞台版を知るファンでさえ新鮮な感動をもたらす。

なぜZ世代はグリンダに自分を重ねるのか

SNSが日常に溶け込んだ今、盛った自分を演じることへの疲弊は若い世代に広く共有されている。完璧な写真を上げ、気の利いたコメントをする——その積み重ねの中で、本当の自分はどこにいるのかという感覚が薄れていく。グリンダはこの問いをそのまま体現している。笑顔の裏の空虚さは、フォロワーが多いのにどこか満たされない現代人のメタファーとして機能する。

ジョン・M・チュウが作り出す音楽と映像の快楽

監督のジョン・M・チュウは圧倒的なビジュアルと音楽の融合を実現した。ミシェル・ヨー演じるモリブル先生の迫力、ジョナサン・ベイリーが体当たりで演じるフィエロの葛藤——脇を固めるキャストも全員が本気だ。アリアナの声域を最大限に活かした楽曲設計は舞台版とは別次元の体験として完成している。

まだ観ていないなら、今がそのとき

ミュージカルに敷居の高さを感じている人にこそ勧めたい。物語の核にあるのは難解なテーマではなく、自分を好きになる難しさという誰もが一度は感じたことのある感情だ。映画館の暗闇の中で発見するものは、グリンダとエルファバの物語だけではないかもしれない。

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