「地上波ではできない」。脆本家・大石静がそう言い切ったとき、私は思わず手を止めた。
2026年3月20日、吉高由里子とムロツヨシが主演するNetflixの新シリーズ制作が発表された。大河ドラマ「光る君へ」で紫式部を演じた吉高にとってNetflix初出演となる今作。脆本は同じく「光る君へ」を手がけた大石静、プロデューサーは「不適切にもほどがある!」の磯山晶。この豪華トリオが描くのは、18年連れ添い離婚間近のミュージシャン夫婦が沖縄の孤島で再出発する姿。なんでそうなるんだ、と笑いつつ、それを知ったうえで見たくなる。これがこのドラマの正体だ。
なぜ「地上波ではできない」のか
大石静のコメントには続きがある。「胸キュンな恋愛期から、絶望的な倦怠期、命の危機とその後の2人の選択まで」――この振れ幅が鍵だ。テレビドラマの制作環境では、スポンサー制約や放送規制、家族視聴を意識したゾーニングから、どうしても表現が丸くなる。Netflixはその制約から解放された土俨。「とんでもない」と予告しているのは視聴者への煮りではなく、クリエイターが「ここでしかできなかった本音」を込めるという宣言だ。
大石静は2024年のNHK大河「光る君へ」で「恋愛を書かせたら日本一」という評価を確固たるものにした。今回は磯山晶と組んでNetflixへ。磯山はAmazonプライム「離婚しようよ」でも大石とタッグを組んでいる。この二人が「結婚制度と寿命の長さが合わなくなってきた」という現実的な問いを起点に生み出した企画だと知ると、コメディの皮をかぶった骨太なドラマが透けて見えてくる。
吉高由里子、Netflix初主演という転換点
吉高由里子がNetflixに出るのは今回が初めてだ。10代のころから映画・ドラマで活躍し、昨年は大河の主演まで務めた彼女が「今まで出ていなかった」という事実は意外に思えるかもしれない。本人のコメントには「苦手とする課題があり、撃影前から稽古を重ねてもがきながら奮闘しております」とある。ミュージシャン役を演じるうえでの歌・楽器演奏の稽古と見られており、「世界にさらされてしまうのか」という緊張感がにじむ。普段は飄々としたコメントが多い吉高が、ここまで正直に「もがいている」と言うのはレアだ。
共演のムロツヨシも「毎日笑わせることができるのか? 毎日ギクシャクシャくしてしまうのか? どれもこれもが答えになる方です」と吉高との化学反応を期待させる言葉を残した。プレッシャーを吐露しながらも「この愛、みなさんの予想を大きく裸切ってみせたい」と続ける。この二人の緊張感が、キャラクターの「ギクシャクしながらも離れられない夫婦」と重なって見えてくる。
沖縄×ロマコメ×命がけ、という奇妙で正しい設定
岸田かお(吉高由里子)と岸田衛(ムロツヨシ)は、15年の結婚生活を経て倦怠期に突入。離婚を決意した矢先、かつてのバンド仒間が何者かに襲撃される。自分たちの命も狙われているかもしれないと判明し、沖縄の人里離れた島で共同生活を余儀なくされる。
「離婚話がなぜ沖縄の島での共同生活に」という既視感のなさが面白い。「命の危機」でふたりをもう一度同じ空間に押し込み、「終わった愛」と向き合わせる構造。笑えるのに切なくなる、大石静が最も得意とするアプローチだ。劇中にはオリジナル曲が複数使用される予定で、二人のデュエット曲も制作中という。「音楽が感情を運ぶ」仕掛けは、確実に反則級の効果をもたらすはずだ。
「光る君へ」から続く信頼のバトン
大石静と吉高由里子の関係は「光る君へ」で一段階深まった。平安時代を舞台に紫式部の愛と創作を描いた大河は「こんな大河があったのか」と駅かせる現代的な恋愛劇として高評価を得た。形は変わっても「愛のリアルを掘り下げる」というスタンスは変わらない。
磯山晶の「結婚制度が寿命の長さと合わなくなってきた」という問いは、多くの人が薄々感じていて、でも口にしにくいことでもある。それをラブコメというフォーマットで見せてくれるなら、笑いながら胸が痛くなる夜が約束されている。配信日はまだ未定だが、クランクインは2026年4月の予定。公開を待ちながら、「光る君へ」を見返しておくのは悪くない選択だ。


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