2023年に突如としてSpotifyのバイラルチャートを席巻した「Overdose」を覚えているだろうか。TikTokで広まり、「誰が歌っているんだろう」と検索した人も多かったはずだ。その正体が「なとり」——当時まだインディーズで活動していた、ボカロカルチャーど真ん中から生まれたシンガーソングライターだったことは、音楽ファンの間でも驚きをもって受け止められた。あれから約3年。なとりは今年2026年、日本武道館のステージに立った。
「Overdose」から始まった快進撃
なとりが音楽シーンで名前が知られ始めたのは、2023年にリリースした「Overdose」がきっかけだ。TikTokやYouTubeで急速に拡散し、国内Spotifyバイラルチャートで1位を獲得。数億回規模の再生を記録した。
もともとなとりはボカロPとして活動しており、VOCALOIDに楽曲を歌わせる形で音楽を発表していた。いわゆる「ネット音楽」の世界で着実にファンを増やしていたが、「Overdose」は自身の声で歌った楽曲——その転換点が、一気に彼の存在を世間に届けることになった。
推しの子との出会いが変えたもの
2024年、なとりにとって大きな転機が訪れる。人気アニメ「推しの子」のエンディングテーマに「セレナーデ」が起用されたのだ。
「セレナーデ」はそれまでのなとりの楽曲とは少し異なる雰囲気を持つ。これまでの作品がどこか陰影のある内省的な世界観を描いていたのに対し、「セレナーデ」には切なさの中に確かな温もりがある。アニメの主人公・アクアの心情と絶妙にリンクし、作品ファンからも「この曲じゃないと無理だった」という声が相次いだ。ソニーミュージックへのメジャーデビューも重なり、「推しの子を通じてなとりを初めて聴いた」というリスナーが爆発的に増加した時期でもある。
ボカロとJ-POPの「あいだ」に立つ音楽性
なとりの音楽の特徴は、ボカロ文化とJ-POPの中間に位置する独自の質感にある。代表曲「深海」では、細かく刻むギターのアルペジオと複雑な転調がボカロPとしての素養を感じさせる一方、なとり自身の柔らかな声質が楽曲をリスナーに優しく届ける。作詞・作曲を自ら手がけながら、過剰に「エモい」描写に頼らない言葉選びも評価が高い。かつてボカロP・ツミキは「フォニイ」でメジャーストリームに響く楽曲を作り、新世代の道を開いた。なとりはその流れを受け継ぎながら、よりシンガーとしての表現を前面に出した形で独自路線を歩んでいる。
武道館という「証明」
2026年3月、なとりは日本武道館でのワンマンライブを成功させた。約1万人以上が集まるこの会場は、多くのアーティストにとって「ひとつの到達点」を意味する場所だ。デビューから3年足らずでの武道館は、歴史的なペースといっても過言ではない。ライブでは「Overdose」「深海」「セレナーデ」に加え、未発表の新曲も披露されたという。SNSでは「泣きながら聴いた」という投稿が溢れ、その余韻は翌日まで続いた。ネットの片隅でVOCALOIDに歌を乗せていた青年が、数年後に武道館のステージで万単位の聴衆と向き合う——それが2020年代の音楽シーンのリアルな成功物語だ。
次に聴くなら
武道館の余韻が冷めやらぬ今こそ、なとりの楽曲を最初から聴き直す絶好のタイミングかもしれない。「Overdose」から始めて、「深海」「セレナーデ」と辿れば、彼の音楽がどう変化し、成長してきたかが自然と見えてくる。そしてできれば、次のライブのチケットを手にして、あの武道館の空気を自分で体験してほしい。


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